凡庸大学生の日常

徒然なるままに

本日あった情けない出来事を小説風に綴ってみた

本日の失敗談。ちょっとニュアンス変えたりしてます。

 

「トイレが流れてないみたいなんだけどーー」

 

私が入寮して半年、ついに新たな入居者がやってきた。

私は半年前からイギリスにて1年間の交換留学に参加している。私が住んでいる寮は、街の中心部に位置する歴史の長い建物で、入り口で観光客が写真を撮っていることも珍しくないほど立派な外観をしている。多くの学生が住むこの寮は、イギリスでは一般的なフラットというシステムを採用している。フラットとは、共用のキッチンやバスルームと入居者それぞれの個室の集まりのことで多くの場合は4-5人の入居者で形成される。私が住まう学生寮はそのフラットがいくつも集まった形である。

入居者の名前はB、中国からきた留学生だ。年は上だが私とあまり変わらず、個室が隣ということもあり、私は「困ったことがあったらなんでも言ってね」と彼女を迎え入れた。他の同居人は全員イギリス人という圧倒的アウェー感に悩まされていた私としては、同じ東アジア出身の入居者は素直に喜ばしかった。

 

ある日、私がいつも通り自室のベッドで動画鑑賞を楽しんでいると、扉をノックする音が聞こえた。自室への訪問は珍しいため、不審に思いつつも扉を開けるとBが立っていた。どうかしたのかと尋ねてみると、Bはトイレが流れていないようだと慣れない英語で説明した。

私は狭い心は煩わしさで満ちていた。「困ったことがあったらなんでも言ってね」とは言ったものの、トイレが流れていないくらい、自分で流してから使えばいいではないかと。私の個室は、イギリスという異国において唯一プライベートに寛げる場所だ。それが、たかがトイレような、どうでもいい事情で侵害されるのは不服であった。

だがこの時の私は冷静さを保っていた。前に説明した通り、私の寮は古く、設備もガタがきているものが多い。トイレもその一つだ。トイレは水力が弱く、一度流れたと思った排泄物がどういう仕組みかまた便器に戻ってしまうことがあった。私が入居した手の頃に一度、修理を依頼したことがあったが、効果は一時的だった。そのため、私にとってトイレが流れていないなどのハプニングは日常茶飯事であり、どうしようもないことであった。しかし、引っ越して間もないBにとっては、イレギュラーな事態なのかもしれない。どうでもいい事情と一蹴するのはかわいそうかもしれない。

そこまで考えることができた私はこの事態の対処法を実践して見せることにした。私はBを連れて、トイレに行き、残っている排泄物を流した。その後、「ここの設備は古いから、全く不自由なくはできないんだ」と説明した。Bは私に感謝の言葉を述べ、納得した様子だった。

 

数日後Bからの着信があった。メッセージアプリを起動し、内容を確認する。

「今日、私がトイレを使おうと思ったら排泄物が残っていて、私はまだ使ってないから私じゃないと思うんだけど」

Bの英語は私と比べるとまだ少し拙い。Bが伝えたい内容とは少しニュアンスが違うかもしれない。それを理解しながらも、メッセージの内容には苛つきを覚えた。Bは私が排泄物を流さなかったと責めているのか。前に「設備が古い」と説明し、流れてなかったら流せと実践してみせたではないか。私にどうしろというのか。わざわざ流しにいけとでもいうのか。

苛つきながらも私はBに返信した。メッセージでよかった。対面で言われていたら冷静さを保てなかったかもしれない。

「それはどんまいだね。私はちゃんと流したと思うけど...私にそれを言われても、何をしてほしいのかわからないよ。トイレを直したいなら大学に連絡するといいと思うよ。ただ、前に一度試したけどあまり変わらなかったから、私は諦めたよ。」

我ながら思いやりのある返信ができたと思った。私には何もできないことを明記したことで、もうくだらないことで連絡してくるなというメッセージを暗に伝えられたし、代替案まで提示した。素晴らしいだろう。文句ない。

しばらくするとBから「大学に申請してみた。トイレに排泄物があるのももう何回目かだからなれちゃったよ。」と返信がきた。作戦通りだ。連絡先は大学に変わったし、「慣れた」という発言もあった。これで、Bからトイレについて連絡が来ることはないだろう。私は、争いなくこの戦いに勝利したのである。

 

 

1ヶ月後、私はレポートに奮闘していた。中間のレポートは全成績の30%を占める重要な課題である。ここ1週間はレポートに取り憑かれていた。休憩に昼寝をした後、何かお腹に入れようとキッチンにパンを取りに行った。目的のパンを見つけキッチンから出ようとすると、ちょうどBがキッチンに入ってきた。挨拶をしてキッチンから出ようとすると、Bは小さな声で何か言った。

私はもごもご話されることが嫌いだ。イライラする。寝起きは特に感情のコントロールが難しい。これは糸が切れる前に退散すべきだと思ったが、Bは出口の前に立っている。そしてやけに何かを訴えようとしている。なんだ、こんな時に、何かいいことでもあったのか。一体何を言おうとしているんだ。仕方なくBの声に意識を向ける。

「さっきメッセージでも送ったんだけどね、トイレがーー」

は?トイレはもう解決しただろうが、なんでまたトイレの話題を出すんだ。そんなことに私のエネルギーを使わせたのか。レポートの疲労と寝起きの理性の弱さが相まって、私は簡単にキレた。

普段は表情筋を意識して明るくしているが、私は元々人相が悪い方である。私が明るい顔を作る意識をやめた時、Bの表情もこわばったように見えた。先ほどよりもひどくもごもごと喋る様子がさらに私をイラつかせたが、少し滑稽だとも思った。

私は、私にできることはないとはっきり伝えることにした。前回は、やんわりと言おうとしたからだめだったんだ、この人にははっきり言わないと伝わらないのだろう。それとも、ただ目の前の人を傷つけたくなっただけかもしれない。

「それで?トイレが流れてないから何?私にどうしてほしいわけ?」

Bは「使った後に確認してくれたらなって」といった。

「確認してないとでも思うの?トイレの調子が悪いって知ってるでしょ、確認しても戻ってくる時があるってわかってるでしょ」

実際そうであった。私は普段トイレの使用後は排泄物が流れたことを確認している。

最悪な態度で最悪な物言いをしたおかげか気持ちが少し晴れて、私は冷静さを取り戻しつつあった。このままだとまずい。言い争いになる。会話を終わらせよう。

「とにかく確認はしてるよ」

よし、これで会話は一区切りついたはず。早くキッチンから出よう。

しかし、会話が途切れてもBはその場から動かなかった。なんでBは動かないんだ。ドアの前に立たれたら私は出られないじゃないか。私はまたもや苛立ちを募らせていた。無言のままBの目を見続けると、Bは察したように道を開けた。この戦法はいつも効く。私はもうあなたと話すことはないと言う意思表示だ。Bはまだ言い分があったのかもしれないがそんなことはどうでもいい。

 

数時間後、脳が覚醒し、自分の最悪な行動を正しく認識し始めた。私はいつもこうである。感情のコントロールが下手で、気に入らないものは傷つけたくて仕方ない。本当に最悪な性分である。これを性分だと片付けていいものだとも思わないが。

冷静さを取り戻した脳で、私はBにしっかり説明するべきだと思いメッセージを送ることにした。

「私はトイレの使用後にちゃんと流れているかちゃんと確認している。あなたが排泄物をみて嫌な思いをしたのはかわいそうだが、私はできることはやっているからこれ以上することはない。それなのに何度も連絡されると腹が立つ。

私はトイレの調子が悪いことを理解しているから、たまに流れていなくても仕方ないと思える。だから、トイレに何か残っていても、黙って流してから使ってる。それでなんの問題もない。

だから私はこれ以上この問題に関して何かをしようと思わない。だから私に連絡しないでくれ。あなたがトイレをどうにかしたいのであれば、大学に連絡してくれ。」

多少刺々しい言い方ではあるが、自分の考えはしっかりまとまっている。

しばらくするとBから返信があった。

「私はあなたがちゃんと確認してると思わなかった。あなたは今まで一度もそう言ってなかったから、私はあなたが確認していないと思った。でも、今あなたが説明してくれたからようやくわかった」

との内容だった。

 

「そんなわけねーだろ、ちゃんと流したって説明したことあったわ」と正直思ってしまったが、文化の違いもあるだろうし、はっきりと意思疎通しなかった私側にも問題はあるかもしれない。「私はちゃんと流したと思う」=「私は毎回ちゃんと流れたか確認している」ではないのだ。私としては同じようなニュアンスだと思うが、人によっては違う。「私には何もできない」にも「だから私に連絡してくるな」は含まれていないのだ。京都弁みたいなものなのか。

やんわりとした表現を良しとし、はっきりとした表現はキツいとするのは、私だけの感覚なのかもしれない。今回の件に関しては普通にムカつくが、いい勉強になったと思う。